『海辺のカフカ』、もちろん村上春樹の作品である。蜷川幸雄演出による舞台化なのだが、今回ふっと行ってみる気になった。蜷川の舞台演出に関しては、いままで「テンペスト」などシェークスピア作品をずいぶん見てきたが、ねじ伏せるような演出の方法に思え、蜷川独特の自己主張にどこか違和感を感じていた。今回の気紛れは、村上春樹作品と役者宮沢りえに惹かれてのことだった。
雨が落ちはじめた赤坂、急いで作られたように感じる赤阪ACTシアター周辺に「鮨勘」もある。しかし、目的が違うので、立ち食いそばで小腹を満たして劇場に入ることにした。はじめての劇場だが、観客席はどこか三軒茶屋の世田谷パブリックシアターに似ている。二階席がやけに狭いうえに急な勾配であり、既に席に着いている観客の前を通って自分の席につくのがいささか困難で、気を使う。まあ、慣れてると言えば言えなくもないが••••。久しぶりの現代劇だ。
舞台装置は全て、巨大ないくつもの透明なショーケースに入れられている。場面転換は全てこの巨大なケースがあちこち動き回って転換されて行く、だから暗転ではない。樹木のある公園、書斎、図書館、トラック、全てが一個の透明なケースの中にある。この巨大なケースは、巨大であればあるほどどこかミニカーを飾るアクリルケースのように見えてくる。この世の全てはそんなケースの中の出来事でしかない、と言わんばかりである。この舞台装置は秀逸である。そして村上春樹特有の内省的論理思考をこわすことのないモノローグは、舞台全体に静けさをもたらし、また大洋の中の鏡の凪のような不安を感じさせる。狂気、孤独、諦念、そしてわずかな希望。現代日本が危険な時代に入ったからこそ、気になる台詞が随所にある。
原作:村上春樹 脚本:フランス•ギャラティ 美術:中越司 演出:蜷川幸雄
キャスト 宮沢りえ 藤木直人 鈴木杏 木場勝己 その他
7月3日観劇