2016年12月27日火曜日

小話その1「夢をかなえよう」


とある小学校のHR

先生:さあ、君たち。今日はそれぞれの夢を話してもらおう。さあ、なんでもいいぞ。

少年A:ハイ先生。僕は野球選手になるのが夢です。

先生:そうか、大丈夫だ。中学高校で一所懸命野球部で練習すればいい。十分可能性は
   あるぞ。

少年B:僕は弁護士になりたいです。

先生:大丈夫だ。一所懸命勉強して試験にチャレンジすることだね。いい弁護士になる
  と思うよ。

少年C:僕はお父さんの後を継いで蕎麦屋になります。

先生:きみは親孝行だね。近所でも評判の店らしいね。頑張って。

少年D:はい、先生。僕は普通に会社員になって、きちんと最後まで勤めて、退職したら
   年金生活で老後を迎えたいと思います。

先生:あー、それは絶対無理だからあきらめなさい。年金で生活できるのは無理だから。
  まして年金はなくなってしまうかもしれないねえ。

                                呵呵

きまぐれ野郎メシ


 安いカマンベールチーズを、電子レンジで温め醤油を入れて万能ネギをかけてかき混ぜる。それがけで和風になる。それをトマトに乗せただけ。

2016年12月2日金曜日

きまぐれ野郎弁当No.7・8・9・10・11



             ソーセージを切っただけだなあ〜。


                ハンバーグだけだ。


               なんの変哲も無い。







器変えただけか。





               赤が入っただけだねえ〜



2016年11月6日日曜日

きまぐれ野郎弁当No.5 ,6



えっ、なにが違うんだ!同じです。それそれパターンが切れてきたので、どうしようか。まあこんなものです。

2016年10月29日土曜日

M.Hanadaの優雅な日々

 2016年10月24日(月)前の土曜日が仕事だったので、その代休。午後から出かけた。有楽町の角川シネマ有楽町で『奇蹟がくれた数式』を観る。インドの青年ラマヌジャンが、イギリスのオックスフォードのトリニティ・カレッジのフェローとして迎え入れられるまでの実話を作品化したもの。感動を呼ぶ作品だった。他を受け入れることは、受け入れる側に大きな度量がなければならない。これこそ崇高な精神であるように感じた。今の世はあちこちで排他的な流れが止まらない。現代社会のアンチテーゼとしても観ることができるような気がした。
 そのあと、遅いお昼を交通会館の地下『ひょっとこ』でとる。私の好きな『柚子ラーメン』だ。いつものムツゴロウに似たお爺さんは、洗いものをしていて、新しい爺っちゃんが作っていた。ひょっとすると年齢的には爺っちゃんではなくて、おじさんかもしれない。
 この日は、銀座ブロッサムの落語会(柳家喬太郎・柳家小満ん)に行く予定であり、まだ2時間ほど余裕がある。いい余裕かもしれないと思い、いつも気になっていた「銀座湯」(銀座1丁目)に行くことにした。長年ずっと気になっていたのでいい機会だ。このあたりに来るといつも寄るギャラリーに足を運んだあと、「銀座湯」へ。


 秋の季節がいい。これより寒くなるとコートを入れるくらいのロッカーがない。東京都の銭湯は460円。気持ちのいい時間だった。
 ひとっ風呂浴びて、「やなか珈琲店」(銀座3丁目)でコーヒー(240円)を呑み、落語会へ。





2016年10月17日月曜日

きまぐれ野郎弁当 No3.No4



ポテトサラダは、昨晩の残り。
お魚は、弁当用のもので、冷凍してあるものをそのまま入れればいいだけ。













チャーハンは何日か前の残りのご飯を利用。肉団子は温めたもの。サラダは弁当用のものをチンしただけ。

2016年10月16日日曜日

きまぐれ野郎弁当 1・2

 キャラ弁とか、なんとか弁とか、ネットで人気になり本まで出版する時代になった。保育所ではキャラ弁を禁止にするところもあるそうだ。家庭の格差が弁当の様子に表れ、子供達の間に嫌な風が吹き込んできたからなのだろう。思えば、キャラ弁などは、必要以上に指で触らなければできない。まさか調理用の手袋を着用して作っている人はいないだろう。まあ、そんなことは全く関係なく、最近少しづつ弁当を作り始めた。いった何十年ぶりだろうか。そんな感じで、まったくプライベートな試行錯誤である。


No1.
これは、やはり恥ずかしいか。まともに作ったのは卵焼きぐらいか。あとは冷凍チン。


No2.人参のきんぴらを作ったぞ、卵焼も。ミニトマトも入れた。でも、あとは冷凍チン。









2016年10月7日金曜日

SCOOP!

               SCOOP!           2016年 日本 監督・脚本 大根仁

 1992年TBS系のドラマ「ホームワーク」に登場した汚れた感じの男。それが福山雅治だった。生活に荒れ、ヒモのようにヒロイン(清水美沙)につきまとうチンピラのような役柄だった。それ以降福山は、ミュージシャンとして、あっという間にメジャーになり、押しも押されぬアーティストとしての地位を確立して来た。この作品で、「昔の福山が戻ってきた」という印象を受けた。構成や細部へのこだわりも感じられる。「パパラッチ」という際物的な言葉も、もう忘れかけているが、実際にそのようなことを生業としている人もいる。探偵も広義にはそのようなものかもしれない。
 フリーカメラマンの都城静(福山雅治)は有名人のスキャンダルを追うパパラッチだ。きわどい手口を使っても売れる写真を撮る。社会の裏に通じるやさぐれた男だ。そんな彼の元に、写真週刊誌「SCOOP!」の新人記者行川野火(二階堂ふみ)が押し付けられる。副編集長の横川定子(吉田羊)が、送り込んだペーペーだ。かつて静と一緒に仕事をしていた定子の心理は容易に推測できる。この三者の関係性は、ベタといえばベタであるが、スリリングに進むストーリー展開としては欠かすことができない重要な基礎だろうと思う。
夜の繁華街・路地裏・怪しげなクラブ、お忍びは夜ときまっているので、ほとんどの場面は夜から深夜にかけてである。静の仲間であり、情報屋の「チャラ源」(リリーフランキー)がいい。最近バツグンにいい味を出している。そんなチャラ源に大きな借りを作っているらしいのだが、それは本作品では明らかにされない。謎の多いチャラ源だ。ヤク中であり、危ない匂いがする。ラスト、このチャラ源と静と野火の緊張感あふれる場面が圧巻だ。そして、ラストの一瞬が刺激的だ。
 作品のいろんなところに伏線が散りばめられている。静の乗っている車は中古のベンツの四駆。これがラストのクライマックスで、狂気のチャラ源の元に駆けつけて行くとき、装甲車のように見えてくる。そして静が憧れていたロバート・キャパの写真が、最後の決定的な瞬間と重なり合う。静たちが生きている業界が戦場であるのかもしれない、また世界の紛争地以外にも、この今の大都市そのものが戦場と化しているということなのかもしれない。滝藤賢一もいい。
                 2016・10・2「シネプレックス幕張」にて

2016年9月19日月曜日

山手線ウォーキング後半



8月3日(水)10:28高田馬場出発。






新大久保は10:48。

もうすぐ新宿、気温は相変わらず高い。






新宿には、11:08。さすが、新大久保と新宿は近い。新宿はよく来る街だ。「末廣亭」もいい。ゴールデン街には最近とんと足を踏み入れていない。








 
11:20。
代々木は意外と面白い。小さな店がたくさんあり。新宿の猥雑さがない。





原宿11:49。ここはあまり来ない所。時間曜日に関係なくいつも混雑している。
この木造の駅舎はなくなるらしい。







とうとう渋谷着、12:15。渋谷は松濤美術館や文化村「ザ・ミュージアム」があり、映画館は、「ル・シネマ」や「ユーロスペース」があり、よく来る所。「ハンズ」ではアートの素材を購入する。相変わらずの人混み。




12:54恵比寿。この辺りから、駅と駅の間が長くなる。少し辛い。最近ガーデンシネマが復活してうれしい。そして何と言っても。恵比寿ビール工場で飲むのはサイコー。夏の「冷やしおでん」はなかなかのもの。またラーメン「AFURI」の柚子塩ラーメンがいい。細麺に限る。




13:39目黒。ここの目黒美術館にはよく来る。なかなかいい区立美術館である。それに権之助坂商店街で一杯ひっかけるのもいい。












14:00。ここは普段下車しない。










大崎、14:23














品川14:59。ここは原美術館に来るためによく利用する。








田町です。15:42。



















浜町町16:12。足が痛くて、辛い。あと少しなのになかなか見えてこないという感じ。








ついに新橋16:38。






いつもの有楽町、17:00。もう夕方になってしまった。











東京17:13。















神田17:38。













秋葉原17:57。やっと戻ってきました。後半がやはり疲れました。これで、長年の目的が達せられました。




  





















豊洲・築地の先にあるもの

 豊洲問題が急浮上したが、「やはり」という感が否めない。揺すれば必ずと言っていいほど何かが出てくる。これが都政の実態だ。石原も猪瀬も舛添も甘い汁を吸っていた。舛添は、都政の人々の甘い汁を横から少しいただこうとした。「俺にも吸わせろ」という感じだろうと思う。それがために反感をかい、内部から告発され追い出された。
 小池は政治家だ。徹底して政治家なのだ。小説家でもなければ、学者でもない。政治の権力闘争の世界を渡ってきたから、知っている。敵を作ることと、味方を作ること。これをどのようなバランスでやればいいのか。そして自分の権力を盤石のものとする方法。出てきた出てきた蛇が出てきたか、鬼が出てきたか。小池の剣がいかんなく振り下ろされる。しかしこの剣は諸刃の剣であるので、細心の注意が必要だ。東京五輪まで標的に入れると、国家の問題になるので、危険だ。だから、いまは豊洲だ。そして調査委員会やら何やら味方を投入して基盤を作る。党から離れてはいけないことも知っている。離れないで党を利用しながら進んだ方がいい。これはいままでの経験値から判断したものだろう。いま党は都知事に手出しできない。この間に権力を確かなものとするのが上策だ。「政治塾」を作ると言ったが、この言ではっきり理解できた。
 やらなければならないこと、これについては評価していい。この豊洲問題は、小池の方向でいい。さて、今後いろんなことが起こってくると思うが、主権者はしっかりと目を見開いていかなければならない。小池にとって都知事ははじまりなのかもしれない。

2016年8月18日木曜日

山手線ウォーキング前半

長年の夢、山手線一周。とうとう2016年夏に行動開始することができた。
8月1日朝8:58、山手線秋葉原から出発。やや曇り空、でも暑くなりそうだ。ガード下のB級グルメのエリアはなかなかいいかも。















御徒町、9:11着。その昔『MGCボンドショップ』というモデルガンの老舗があった。しかし、いまはその会社は存在しない。
上野駅、9:24。さまざまな美術館が並ぶ最寄駅。コルビジュエの西洋美術館が世界遺産に、3月にパリのラロッシュ邸に行った。一昨年はポワシーにあるサヴォア邸に行った。
9:36鶯谷駅。細かい道がたくさん。やはり谷の地域である。

10:10霊園で迷ってしまったので、かなり時間のロス。



10:22


田端着、10:35。「田端文士村」と言われ、芥川龍之介がよく行った蕎麦屋の「浅野屋」も駅の近くにある。







 駒込には、11:00。

巣鴨には、11:21。巣鴨は、地蔵通りがあるので楽しい。そのうちここで飲んだくれたいなあ。










大塚駅はいつも電車で通り過ぎるだけだが、都電駅もあり、ここでダラダラしているのもいいかもしれない。11:40








12:13池袋到着。文京区音羽に住んでいた19歳のころと、練馬に住んでいた24歳〜27歳のころは、何かと言えばブクロだった。








目白には、12:43









ということで、高田馬場。12:58。高田馬場は、大学ばかりではなく、専門学校もたくさんある。8月1日、今日はここまで。残りは後日としましょう。

2016年7月23日土曜日

縦書きの不滅

 ネットをはじめ、街を歩いていると、実に横書きが多いことに気づく。漢字文化圏の中国でも、新聞は横書きだ。石川九楊の『縦に書け!』という書物も、なるほどと理解はできても、グローバルスタンダードという巨魁的な何者かに駆逐されるだろうと思っていた。手書きから印字文字に移行する現在。もはや縦書きは消えてゆく運命にあるのか、と嘆いていた。
 そんなとき、私のPCの背後には書棚が設えてあるのだが、PC画面から目をそらすと、本の背表紙が目に入る。書棚に書物を縦に置くというのは、洋の東西を問わず共通しているはずだ。もちろん和綴じ本などは横置きにしなければならないのだが、昔の和綴じ本には背表紙はない。縦書きの日本文字が、なんのストレスも感じることなく、すんなりと読むことができる。横文字のものは、背表紙であったとしても、横書きだから横書きの文字であるとあらかじめ脳に指令を送らなければならない。横書きの背表紙はそれぞれ「書き下ろし」「書き上げ」があり、ネットを探ると、それに詳しい人のサイトが現れ、なるほど自分と同じようなことを考えている人はいる。
 本の背表紙がある限り、縦書きは非常に便利で見やすいものである。とすると、日本語の国では、縦書きが失われることはないと確信することができる。また、海外の横文字文化圏の道路脇の看板に、ローマ字などが縦書きにされている例が少なからずあるという。もちろん、近年になってのことらしいが、スペースなどの面から考えると、この縦書きがいいらしいのだ。
                気がついて、なぜかホットしている自分が見える。

オマールの壁

   オマールの壁

 2013年            原題『OMAR』    パレスチナ  監督:ハニ・アブ=アサド

 スクリーンに壁が映し出される。何枚もの板が突き刺さったような、なんとも異様な風景だ。街を切り裂くように無慈悲に立っている。これは、イスラエル政府によって建設された分離壁である。政府の説明では、「セキュリティ・フェンス」であり、パレスチナ人による自爆テロの防止のためであるとしている。しかしこの壁の存在によって、パレスチナ人の生活そのものが分離されてることは確かだ。
 主人公オマール(アダム・バクリ)は一本のロープを使って8メートルほどもあるその壁を乗り越える。恋人ナディア(サーム・リューバニ)に会いに行くためだ。そして、オマールは、友人のタレク(エヤド・ホーラーニ)とアムジャド(サメール・ビシャラット)とともにイスラエル軍への襲撃を企てていた。

 実行後、ナディアを含む四人の運命は大きな音を立ててきしみはじめる。歴史に翻弄されるイスラエルとパレスナの今の姿がそこにある。

 アメリカ合衆国大統領選挙共和党候補ドナルド・トランプがメキシコとの国境に壁を造るといっていたが、その先行形態はすでにあったのだ。
                             日本語監修は重信メイ
                     
                          (6月4日千葉劇場にて)

2016年4月16日土曜日

PARIS

 2016年3月17日から29日まで、パリ3回目の個展を開催しました。私は17日から23日まで滞在しました。近くで頻繁にデモがあり、今回の訪仏では特にこのことを考えさせられました。日本においてもデモの考え方が大きく変化してきたよう思えますが、まだまだ意識が届いていないように感じます。小さなデモであっても、人々の意志はきちんと伝えるべきだと思います。

2016年1月31日日曜日

『書く女』二兎社公演

 二兎社の芝居を久しぶりに見た。今回の作品『書く女』は樋口一葉を描いたものである。明治の始まりに生まれ、その時代動向と貧困の中で書き続けた一葉。この時代が、もしかすると、2016年現在の日本の状況と極めて類似しているのかもしれない。そんなことも思わせる内容であった。永井愛という書き手には確かにその意識はあるだろう。『歌わせたい男たち』という作品も、権力の動きに敏感に反応したものであったと思う。文壇の言論が、ナショナリズムに絡め取られてゆく明治初期、一葉の作品は男性社会に対する戦いと同時に、時代への戦いであった。『書く女』は「戦う女」であったのかもしれない。一葉(黒木華)半井桃水(平岳大)。1月30日、世田谷パブリックシアター。

 観劇の前、お昼は三軒茶屋の『AFURI』で柚子塩ラーメンにした。ここの『AFURI』は3回目になるだろうか、恵比寿の『AFURI』はいつも列をつくっているが、三茶の『AFURI』は混んではいない。その点はうれしい。980円は高いかもしれないが、麺は細めでしっかりしている。やはり柚子塩はいい。お昼といえば、茶沢通りにある肉の『川善』のとんかつ定食もいい。一階の店舗がお肉屋さんで、二階が食堂である。闇市ふうの有楽通りも面白い。三茶は冒険できる街だ。ちなみに、茶沢通りとは三軒茶屋から下北沢に通じる通りである。