8月11日本日個展終了日。日本全国が猛暑のただなか、都心で37度を記録しているということは、おそらく銀座周辺の気温はもっと高いだろう。歩くだけでも堪えられないので、こんなときに美術展というのもやはり考えてしまうだろう。仕事の都合でどうしてもこの時期になってしまう。少し考えてみようかしらん。三月ぐらいとか。
表現とは?自己の存在とは?この世の中での永遠のデラシネ。私の作品は作品であって作品ではない。自分を見つめる鏡のようなものである。そして人間や世界へのひとつの視点の提示である。「虚実皮膜」の向こうに透けて見えるもの。それはいったい何なのだろう。(呵々)
2013年8月11日日曜日
2013年7月28日日曜日
今回の個展
8月5日から個展がはじまる。今回は青以外の色を禁じた。作業をしていると、どうしても、だんだんと他の色を使いたくなる。もちろんすべては自由なのだが、作品については、己の自由と規制を自らが決めなければならない。その意味ではきわめて禁欲的作業が必要となってくる。
思えば、黄色からはじまり、現在は青の世界にいる。めざすは豊穣なる青の世界。先日上野の国立科学博物館の『ダイオウイカ展』に出かけたのだが、そこでこんな説明が書かれてあった。太陽光の赤は海に入るとすぐに吸収されてしまうが、青は海底1000メートルまで届いているという。そうなのか、だから地球は青の世界なのだろうか。だれかが「地球は青かった」と言ったが、青であるかぎり地球そのものは大丈夫なのかもしれないと、思えてくる。
私の作業は、意図された瞬間からはじまる。しかし、そこに大きい偶然が侵略して来る。そして偶然そのものが、極めて美しい。しかし、偶然に頼るならば人知の意味は見いだせない。意図と偶然の往来から必然へと止揚して行くことが重要である。つまり、ひとつの仮説からはじまり、その仮説を裏切る事実が表出してくる。その表出された結果を秩序づけることが、私の作業なのだろう。瞬間から永遠への作業なのである。
思えば、黄色からはじまり、現在は青の世界にいる。めざすは豊穣なる青の世界。先日上野の国立科学博物館の『ダイオウイカ展』に出かけたのだが、そこでこんな説明が書かれてあった。太陽光の赤は海に入るとすぐに吸収されてしまうが、青は海底1000メートルまで届いているという。そうなのか、だから地球は青の世界なのだろうか。だれかが「地球は青かった」と言ったが、青であるかぎり地球そのものは大丈夫なのかもしれないと、思えてくる。
私の作業は、意図された瞬間からはじまる。しかし、そこに大きい偶然が侵略して来る。そして偶然そのものが、極めて美しい。しかし、偶然に頼るならば人知の意味は見いだせない。意図と偶然の往来から必然へと止揚して行くことが重要である。つまり、ひとつの仮説からはじまり、その仮説を裏切る事実が表出してくる。その表出された結果を秩序づけることが、私の作業なのだろう。瞬間から永遠への作業なのである。
2013年2月23日土曜日
九条美術展
第3回「九条美術展」(4•16〜21)に参加することにした。王子でやったときから参加しているが、今回は仕事の都合で参加できないと思っていたところ、事務局から電話をいただいた。小品なら郵送でもいいから参加して欲しいということで、小品を出品することにした。先日DMとチラシが届いた。
「九条美術展」という名称を聞き、イデオロギーが強い政治団体のことを想起する人がいる。しかし、憲法を変えて集団的自衛権(同盟国の安全のために、重火器を携えて中東などの前線基地に派兵する)を確立しょうという政策が現実味を帯びてきている現在、すべての党派を超えて、意思表示をすることが必要であると思う。自分の作品を発表することでアンチの姿勢を示すことになればいい。
埼玉近代美術館での3回目となる「九条美術展」である。
「九条美術展」という名称を聞き、イデオロギーが強い政治団体のことを想起する人がいる。しかし、憲法を変えて集団的自衛権(同盟国の安全のために、重火器を携えて中東などの前線基地に派兵する)を確立しょうという政策が現実味を帯びてきている現在、すべての党派を超えて、意思表示をすることが必要であると思う。自分の作品を発表することでアンチの姿勢を示すことになればいい。
埼玉近代美術館での3回目となる「九条美術展」である。
2013年1月27日日曜日
2012年11月11日日曜日
『点より•••』展2012
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