2013年12月31日火曜日

ファイアbyルブタン

 監督:ブルノ•ユラン                     フランス

 渋谷サンライズで「キューティー&ボクサー」を見、PARCO 1 で開催されていた二人展を見た後、渋谷東急の一階でおふたりを目撃した。そして、そのままル•シネマへ。作品は「ファイアbyルブタン」シューズデザイナーのクリスチャン•ルブタンが、パリのナイトクラブ「クレイジーホース」で演出したという公演のドキュメンタリーだ。
 高級シューズデザイナーとして世界的な名声を得ているルブタン。良く知らなかったが、パリの労働者階級地区の母子家庭で育ったという。ルブタンのインタビューを挟んで、舞台が映し出されて行く。やはりすごい。クレイジーガールの鍛え上げられた身体は、そのセクシーな舞台になくてはならないということが良く理解できる。これは、確かにアートだ。いちどでいいから、このクレイジーホースに行ってみたいなあ、と思った。
 ルブタンがおもしろいことを言っていた。世界で最も美しい脚は、ティナ•ターナーの脚だと。どんなんだったけ。

2013年12月30日月曜日

H的立場ー新愛国者宣言ー

 どうもいかん、Aちゃんは頭悪過ぎだ。「靖国参拝」•••どうして。なぜこんなにも歴代の政治家たちはアホなのだろうか。靖国は墓地ではないのだ。靖国はあくまでも象徴なのだということをわかっていての参拝なのだろう。戦没者をみな神にして祭る。世界に向けて国家としてA級戦犯を認め、戦争を放棄した。が、それが神として祭られている。
 個人の感情はどうでもかまわない。参拝したければ、ジャージ姿でチャリンコでも漕いで行くなら否定しない。しかし、国家の意思の象徴である首相がカメラが回る中意気揚揚として参拝するのである。自分は失敗しないと思っているのか。「中国•韓国の人々の心を傷つけるつもりは毛頭ない」などとどうして言えるのだろう。向こうが「傷ついた」と言っているのに、「傷つけてはいない」いう。例えば、「セクハラ」はそれを受けた人間が、セクハラだと言えばセクハラは成立するのだ。「いじめ」を受けた人間が、傷ついたと言えば、「いじめ」は成立したと、この国は規定している。この国を代表する人間がこんな体たらくだ。こんな政治家たちは愛国者ではない。真の愛国者は、日本人を愛さなければならない。日本人が危険な目にあわないように努力するのが愛国者だ。
 きちんと天皇陛下の発言に耳を傾けて欲しい。憲法や民主主義を守って来たと言われた天皇に大政奉還してみてはいかがかな。集団的自衛権も天皇なら撤回するはずだ。天皇誕生日の日、7名のA級戦犯は処刑された。もちろん米側がそうしたのだろうが、そのことの意味も深く考える必要があると思うが。

キューティー&ボクサー

 監督:ザッカリー•ハイザーリング       2013:アメリカ

 現代美術家・篠原有司男、乃り子のドキュメンタリーだ。篠原有司男の名をはじめて聞いたのは、1975年のころであっただろうか。とるものもとりあえず上京し、無謀にも美術の世界をめざしていた私には、前衛芸術などというものは、まるで知ってはいけない麻薬のような危ない匂いに満ち満ちていた。ゴッホやモネなどが20歳前後の私の美術認識にとって現在形であったのだが、いきなり精神の開国をしなければならない状態に追い込まれていた。もちろん前衛なのだから無視してもよかったのだが、その怪しい匂いに強烈に惹かれて行ったのも確かであった。その圧倒的パワーの美術状況の中に、篠原有司男がいた。反芸術を標榜し「ネオダダイズムオルガナイザー」という集団を組織し、絵画などとは遥かに遠い地平にいた。やがて、渡米した篠原の取材記事を、たしかアサヒグラフだったと思うが、目にしたことがあった。ニューヨークのソーホー地区に立つ彼の姿は、どことなく野獣を思わせた。血も凍る危険なニューヨークで自分は戦いを挑む、というようなコメントがあり、孤独な兵士のようであった。ダンボールでクレイジーなバイクの立体を創ったり、ボクシングペインティングをしたり、自分にはない憧れのクレイジーボーイだった。
 その後だいぶ時が経ち、どこかの誰かがダンボールで作品を作り出したとき、にわかにダンボールということで注目を集めたことがあった。が、そんなことはもう遥か以前に篠原がやっていることじゃないか、と日本の美術界の見識のなさにいささかうんざりしたが、今ではその誰かはアカデミックな◯◯大学で教鞭をとっている。
 ときどき帰国し、展覧会をしたりしていたが、その大きな声と態度で、篠原がいるとすぐわかる。画廊の前の通りにいても、すぐ篠原のそれと知れた。そんな篠原のドキュメンタリーが作られたと知り、少しばかり驚いた。いま篠原有司男なのか。これは見なければなるまい。この破天荒な80歳にはやはり圧倒させられる。そしてそばにいるもうひとりの芸術家。いい感じだ。よくもニューヨークでいままでやって来たものだ。生活はそんなに楽ではないことがうかがわれる。スーツケースに作品を詰め込み、日本に行って戻って来る。ポケットから3000ドルの紙幣をバサッととりだし、いささか自慢したりする様子はキュートだ。まるで行商から戻った感じだ。題名が「キューティー&ボクサー」だが、このふたりは、ともにボクサーでもあり、キュートでもあるのだ。
 この映像から大きな力をもらい、あらためて自分のアートに邁進しようと決意を新たにし、もうひとつ映画をみる予定だったので、渋谷東急の一階を歩いていたら、私の横をキューティー&ボクサーが通り過ぎた。おっ、今日も渋谷にお出ましなのか。しばしこの
お二人の後ろ姿を見送る私であった。

2013年12月16日月曜日

ファッションを創る男ーカール•ラガーフェルドー

 監督:ロドルフ•マルコーニ      2007  フランス
 
 ファッションデザイナー、カール•ラガーフェルド。生きながら伝説となった男。このドキュメンタリーは、彼の金言•教示•箴言に満ちている。ラガーフェルドは言う、「孤独は勝ちとるものだ」と。創造的仕事をするたためには、孤独でなくてはならない。「ファッションは、うつろいやすい」そう言い切るラガーフェルは、所謂てっぺんまで行った人間だからこその言であろうか。しかし、このような人間が育って行く、フランスという国はおもしろい。さまざまな人種が入り乱れる国だからこそだろうと、私には思われる。
                   (『ヒューマントラストシネマ有楽町』にて)

2013年12月10日火曜日

長谷川きよし

 2年ほど前だったか、宇崎竜童プロデュースで日本橋のホールで開催された長谷川きよしのコンサートに行った。長谷川きよしと言えば、69年の『別れのサンバ』でデビューしたのだから、完全に私の青春時代とリンクする。そのときのことを思えば、やはり衝撃を受けたミュージシャンのひとりだった。そして、何十年かの後にコンサートで聴いた長谷川きよしは、昔深夜放送で聞いていた長谷川きよしを遥かに超えていた。そのギター演奏の技術はもの凄かった。そして今回、12月7日の中野ゼロホールでのコンサートに出かけた。12月の空気はいかにも冬らしく、ビルの谷間は冷えていた。そんな冬の空気は嫌いではない。
 再度確認、「長谷川きよし」はすばらしい。前は、髪が黒かったけど、今は白い。たぶん染めるのをやめたのだろう。