2012年10月21日日曜日

菖蒲

 
 アンジェイ•ワイダ監督作品。2099年/ポーランド。ポーランドの作家ヤロスワフ•イヴァシュィチの作品が題材になっているという。(この作家の作品を読んだことがないので、内容については不案内。)菖蒲というものはなんだろうか、作品のはじめのほうで、「死のにおいがする。」という台詞がある。原作の内容/その原作を撮影しているメイキングのような場面/主人公の実生活のモノローグ。このみっつの場面がモザイク模様のように組み合わされている。極めて文芸的な作品である。
 私なりにこの作品の感想をいうならば「虚実皮膜」という言葉が当てはまるように思う。主人公役のクリスティナ•ヤンダは実生活で夫を亡くしたばかりで、その夫の思いをひとりごちる。この場面は、「実」ということになる。映画作品は「虚」で撮影風景は、実と虚の派境に位置する。そのように考えると、この作品世界がよりリアルに感じることができる。内容は「生と死」人間にとって永遠のテーマだ。
 若い青年ボグシ(パヴェウ•シャイダ)が生の象徴であるが、溺れて死ぬ。主人公マルタ(クリスティナ•ヤンダ)は不治の病で一夏を越せるか、という状態。医師の夫が病気を発見するが、妻には知らせていない。マルタはこの青年と、人生最後のアバンチュールをしょうとするのだが••••。
 「生と死」ということを我々はよく言葉にする。しかし、みんな死を体験していないので、明解な回答を出すことができない。自分自身で覚悟を決めるしかない。「生と死は裏腹である」という言葉もよく耳にする。しかし、「生徒と死」というのは、字面のように、パラレルな感じではない。パラレルだというのは、あくまでも神の視点である、人にとっては、生の後に位置するのが死であり、この順番はけして逆転することはない。生から死を想像できるが、死から生を観ることはできないのだから。
 この作品をじっくりふりかえることにより、人としての味わいと謙虚さが滲み出てくるように思う。