2015年8月22日土曜日

雪の轍

 雪の轍 

      英題:Wintre Sleep   は原題に忠実な訳。監督:ヌリ・ビルゲ・ジェイラン
                                  (トルコ) 

 全編3時間16分。第67回カンヌパルムドール大賞受賞作。トルコの静かなカッパドキア。夏は暑く、冬はマイナスを遥かに下回る。場面は晩秋から冬にかけての凍えるような季節を背景としている。いったん雪が降りだすと、車で坂を登ることもできなくなるようだ。作品の中で、しばしばそう語られる。
 親から資産を受け継ぎ、ホテルのオーナーとして生活している元俳優アイドゥン(ハルク・ビルギネル)は、地元新聞にコラムのようなものを書いている。いつも書斎のパソコンに向かってる。この男を中心にした物語。いや、物語といえるほどの物語性はない。滔々と流れる時間の中で、人々の内面が浮き彫りにされる。主人公のアイドゥンは、日本の高等遊民のような、あるいはロシアの没落貴族のような、なんとなくそんな雰囲気を醸し出している。かなりのインテリゲンチャなのだ。歳の離れた若い妻ニハル(メリサ・ソゼン)はその生活にどこか不満を感じている。張り合いのない生活の中、夫との議論も噛み合わない。自分自身の存在意義を感じようとボランティア活動にのめり込んでいる。そのホテルには、妹ネジラ(デメット・アクバァ)も離婚して戻ってきている。ネジラはアイドゥンの考えや記事を徹底的にこけおろしている。いつもアイドゥンの背後にあるソファーに寝そべって、批判を展開するが、アイドゥンは取り合わない。
 季節は冬に入り、雪が散らついたかと思うと翌朝は一気に深い雪景色となる。岩の中のホテルの客は、若い日本のカップルだけ。そして、何よりもこの作品に底流する重要なテーマは「貧富の差」である。上映直後、刺激的な場面に出会う。使用人ヒダーエット(アイベルク・ペクジャン)の運転するジープに同乗するアイドゥンのサイドガラスめがけて、石が投げられる。石は真っ直ぐに飛んでき、ガラスを破損させる。リアルなシーンだ。それを投げたのは、イリヤス(エミルハン・ドルックトゥタン)という少年。父親はアルドゥンから家を借りていて、支払いができず弁護士により家具が差し押さえたばかりだった。
 言葉とは何か。言葉によって我々の世界は成立し、言葉によって人々の関係性ばかりか、社会、国家の関係性が複雑化する。この作品に溢れる膨大な言葉の海。閉ざされた冬のカッパドキア。分厚い哲学書の頁を丁寧に捲り終えた気分になる。
                    (7月19日角川シネマ有楽町にて)